義史のB型ワールド

2008年12月20日

再び、富士山を観ようと、今度は新宿都庁へ・・・。夕陽が綺麗!!!

Filed under: 観光 — 代理人 @ 11:03 PM
 
代理人記録
 
念願の泉岳寺参拝の次はやはり雲ひとつ無い空を見上げると頭に浮かんで来るのが、富士山の姿実はチケットを買ったのに、まだ東京タワーには登っていない・・・、事をすっかり忘れ(夕陽を観に行こうと言う話もしていた事もあり)、富士山観るならやっぱり新宿都庁の展望台やで・・・、って事で新宿都庁に向かう事に。
 
 
こちらが新宿都庁から六本木方面を見た様子。新宿都庁に来たのは4~5年前の一ヶ月東京出張の時にも来た事があるので、今回で二回目。以前ほどは賑わっていなかったが、無料のスポットと言う事で人気は高い。しかもこの日は東京の風景を見るには絶好の晴天だったし・・・。が、この時点で午後3時を廻っていたので、太陽は西の方へ・・・。おかげで富士山が逆光状態になり綺麗に観れない。やはり東京から富士山を綺麗に観るには午前中に限る???
 
新宿都庁はJR新宿駅から結構歩かなければならない。泉岳寺参拝後、品川駅まで歩いた事もあり、結構足にキテイル・・・。てな事で、白けた富士山を観た後、速攻で展望台の中の休憩コーナーへ。まだお日様も高い位置にあるのだが、何を差し置いてでも、まずは一杯・・・。
 

てな事で、キリンの生ビールをいただきました。目の前の東京の街並みを見下ろしながら飲む生ビールはこれまた旨い!何かこのまま、宴会モードに突入してしまいたいような気分にさえなって来るのだが・・・。
 
 
こちらはお昼にマッドクラブをたらふく食ったはずなのに、ケーキが食べたい!と甥っ子が食べたケーキセット。東京で食べた、一番安いお食事?でもあった・・・。この日の夜には焼肉屋に行ったのだが、後から思えばもっとケーキを一杯食わせておくべきだったかも・・・。
 
何だかんだとこのまま寛ぎモードへ・・・。気が付くと時間は既に午後4時に・・・。ふと西の空を見ると、既に西の空には山並みに隠れそうになる太陽のお姿が・・・。しかもその直ぐ真横には富士山の姿が・・・。これは中々の見物だ。偶然にも、我々は写真撮影には絶好の場所を確保出来たので、そのまま夕陽が沈むのを見守る事に・・・。
 
待つ事、約20分。太陽が徐々に山並みに沈んで行く・・・。こちらが私が撮影した夕陽が山並みに沈んだ直後の一枚。撮影時刻を見ると午後4時25分。この山並みのせいで?東京の日没はちょっと早いようだ・・・。まるで、管理人さん邸の日暮れに似ているような・・・。それにしてももうちょっと早い時期だと、富士山に沈む夕陽ってのが見れるのかな?
 
続いて甥っ子の携帯電話のカメラで撮影した富士山とその山麓に沈み行く太陽の連続映像をご覧あれ!
 
① 太陽の一番したが富士山麓の一部にかかり始めた。
 
 

② ちょうど太陽が半分ほど沈んだ様子。
 
 
③ 太陽が沈んだ直後。
 
 
 
この後向かったのは、この20数年東京に来れば必ず一度は立ち寄る秋葉原へ・・・。最近は魅力も減った秋葉原だけど、何故かずっと東京に住んでいる甥っ子が行きたいと言うので、まあ、どうせならば・・・、って事で行く事になったのだった。おかげで・・・、東京タワーの事はすっかりと頭の中から消え・・・、入場券は、最終的には甥っ子の為に東京へ置いて帰る事になったのであった・・・。

遂に念願の泉岳寺参拝!!!時は元禄15年・・・の話。

Filed under: 観光 — 代理人 @ 9:46 PM
 
代理人記録
 
私の大好きな赤穂浪士『忠臣蔵』の終盤の場面で登場する泉岳寺(浅野内匠頭や大石内蔵助以下四十七士が葬られている寺で、討ち入り後、四十七士が内匠頭の墓前に吉良上野介の首を捧げに来る寺)だが、20年ほど前、東京に出張で行った時、たまたま泉岳寺の前を通り、おお!ここに泉岳寺があるのか!と言う事で、それ以来、次に東京へ来た時は、お参りに行こうと思っていながら、その後何度か東京へ来たのだが、結局、一度も御参りする事無く過ぎてしまった・・・。
 
しかし今回は、昼飯に泉岳寺近くである品川~高輪のマッドクラブのお店に予約を入れた事もあり、今回は、東京へ行く前から絶対に、泉岳寺に御参りするぞ!と決めていたのであった。
 
 

マッドクラブのお店を出て歩くこと、約20分・・・、ようやく泉岳寺の中門が見えて来た。神戸の会社勤務の時に東京へ来た時にはこの近くのホテルに泊まった事もあり、何度もこの前を通過はしたのだが、門をくぐるのは今回が初めてだ。
 
 

中門から泉岳寺の方へ歩いて行くとようやく見えて来たのがこちらの山門。中門は何度も見てきたけど、山門にお目にかかるのは今回が初めてだ。
 
 
山門の前には大石内蔵助の銅像が建っている。最近、西郷さんの顔写真の真偽が話題になっているが、この大石さんの顔は、どうやって決めたんだろう・・・。写真があるような時代じゃ無いし・・・。
 
 

こちらは泉岳寺の本堂。しかし参拝客は何故か本堂の方に行く人は少なく、大半の人が本堂を尻目に、左側方向へ進んで行く・・・。そう、みんな四十七士の墓所のある方へ一目散なのだ・・・。
 
我々もとりあえず四十七士の墓所の方へと向かい、本堂への御参りは後回しとなった・・・。
 
 

四十七士の墓所へと向かう道に最初に見えて来たのがこちらの「水琴窟」。この真ん中に水を流すと琴の音が聞こえるという陶器で元禄時代からあるらしく、大石内蔵助らもこの音を聴いて清涼感を味わっていた・・・、と言う話。実際に水を入れて、音を聞いてみた感じは・・・、綺麗な澄んだ音がするが・・・琴の音にはちょっと思えない気が・・・。
 
 

こちらは吉良さんの首を洗ったと言う、名前もそのまんまの「首洗い井戸」。まあ、姫路城のお菊さんの井戸と違い、特におばけが出ると言う訳では無い・・・。
 
 

そして遂にやって来たのが「四十七士の墓所」。本堂は閑散としていたが、こちらは討ち入り一週間前?と言う日(討ち入りの日には義士祭が行なわれるらしい・・・)も関係してか、大変な賑わい。細かい話は省略するが、赤穂義士四十七士の墓が祭られている忠臣蔵ファンにはそれぞれ、自分のご贔屓の義士が居て、その義士の名の墓を見つけると感慨深そうに御参りしている。かく言う私も、堀部安兵衛や不破数衛門などの墓を見つけては、甥っ子にそれぞれの逸話を話してあげたのであった・・・。
 
 
こちらは墓所の一番奥にある「大石内蔵助のお墓」。流石に他の義士さんの墓と違い、屋根の付いた囲いの中にある。当然の如く、ダントツの人気で、このお墓に御参りするには行列に並ばなければならない位。
 
 
大石内蔵助のお墓」にはご覧のように容姿端麗な綺麗なお姉さんも御参りにやって来ていた・・・????、それは兎も角、他にもやや小さめだが屋根と囲いの付いたお墓があったので、誰のかな?と観てみたら、大石さんのご子息である大石主税(ちから)のお墓であった。大石主税は赤穂義士の中では一番若い義士である。
 
てな事で、念願の泉岳寺参拝も出来たし、折角だったのでこの後、赤穂義士記念会館等も見物して来た。時間たっぷりで有意義な時間を過ごさせてもらったのだった。
 
東京二日目珍道中?は、この後、まだまだ続くのだが、そのお話はまた後程・・・。

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