義史のB型ワールド

2019年11月20日

行ってみたい事情が出来たので播磨大中古代の村(大中遺跡公園)に行ってみた!真夏の日差しを避ける場所が少ない気がしたが、全体的に中々エエ雰囲気の公園だ!

Filed under: 観光 — 代理人 @ 7:42 PM
 
代理人記録
 
最近は東加古川や土山方面へ行く事は滅多に無くなったが以前偶に『Comodo Cafe & Dining』とか『中国料理店 民生』等へ行った際に、播磨町にある播磨大中古代の村(大中遺跡公園)の横を通る事があった。そんな事もあって数年前に一度立ち寄ったら駐車場が有料だったので結局見学する事無く帰って来た。が、この夏頃に有料駐車場を利用しても行ってみたい用事?が出来たので、行ってみる事にした
 
播磨大中古代の村
こちらが今回行って来た播磨大中古代の村(大中遺跡公園)で、公式案内に寄ると”播磨大中古代の村(大中遺跡公園)」は、「オポナカムラ(弥生語で『大中村』の意)」として親しまれています”との事。ちなみに真正面に見えるのは大中遺跡公園内にある兵庫県立考古博物館の展望台だ。
 
播磨大中古代の村
で、その県立考古博物館の展望台から南側の駐車場方面を見るとこんな感じで、手前にあるのは狐狸ヶ池(こりがいけ)があって、その中にはガガブタとか言う水生植物が、白い花を咲かせていた・・・。ちなみに駐車場からこの公園に来る時に池の真ん中にある桟橋を渡ってやって来たのだが、歩いているだけでも中々風情があったかな。
 
播磨大中古代の村
ちなみにこちらは展望台から播磨大中古代の村の北東にある圓満寺の五重塔(納骨堂)を見た様子で、そちらにも何と無く行ってみたくなったのだが、流石に徒歩で行くには少し遠い様だし、そちらに行ってもメリットは無かったのでこの日は行かなかった。また機会があれば見学に行ってみたいと思う・・・。
 
播磨大中古代の村
そしてこちらが播磨大中古代の村(大中遺跡公園)のメインとも言える遺構復元ゾーンで、公式案内によると”弥生時代の終わりごろに営まれた集落遺跡で長さ500m、幅180mで、約70,000平方メートルの広さ”があるらしい・・・。
 
播磨大中古代の村播磨大中古代の村
で、こちらがその遺構復元ゾーンの中にあった復元された竪穴住居跡で、パッと見た感じは昭和世代にちょっと懐かしいはじめ人間ギャートルズ”が頭に浮かんできそうな雰囲気だ(ま、ギャートルズがこんな竪穴住居に住んでいたかどうかは記憶があいまいではあるが・・・)。こんな感じの復元された竪穴住居跡が全部で10棟近くあって、更には未だ復元中の物もあったので、その内この公園内のあちらこちらにこの竪穴住居跡が立ち並ぶのかも知れない・・・。
 
播磨大中古代の村/播磨町郷土資料館
それはさて置き播磨大中古代の村の西の一角には”弥生語が唯一聞ける、大中遺跡出土品を展示した播磨町郷土資料館”ってのがあって、そこにはご覧の通りの別府鉄道の機関車と客車が置いてあった。幼き頃に国鉄高砂線に乗って加古川駅へ行く途中に野口駅で良く観た機関車で、個人的には加古川別府の海水浴場へ行った時に乗った事があるかどうかぐらいでしか無い(実際は山電&バスで行くのが大半だったが・・・)が、これを見ただけでも来た甲斐があったような・・・。
 
てな事で、以前から直ぐ西側の南北を通る道は結構な割合で通りながら一度も行った事が無かった播磨大中古代の村(大中遺跡公園)にちょっと行きたくなる事情が出来たので初めて行ったのだが、この日は8月下旬の猛暑が続いている真っ最中だったので、少し歩いただけで汗だくになる程だったのだが、公園自体は中々エエ雰囲気だった。それは兎も角としてランチ休憩も含めてこの公園に3時間近くいたのだが、それでも駐車料金は200円だったのでそれなりの価値があった気はする・・・。

コメントする »

まだコメントはありません。

RSS feed for comments on this post. TrackBack URI

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

WordPress.com Blog.

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。